偲ぶことを考える

形見とて 何か残さん 春は花

[ コラム ]

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「死ぬって、いったいどういうことなの?」

幼いころに、周囲の大人たちに何度も同じ質問をしたことを憶えている。どの人に尋ねてみても、「死」とは身体や意識がこの世から消えてなくなることだ、といわれた。しかしわたしには、この世から消えてなくなることが「死」なのだ、ということがいまだにうまく想像できていない。年端もいかない子に、突然大きな難問を突きつけられた大人たちは、さぞかし面喰らったのではないかと思う。

そもそもわたしたちは「死」について、普段から考えることがあまりないままに過ごしている。死別などの経験から、「死」について考えるというよりも、実は死別と自身の感情との折り合いをつけることを「死」を受け止めることとして了解してきたのではないか。

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日々、手を合わせるということ

[ コラム ]

日々、手を合わせるということ

 朝、身支度を整えて床の間の仏壇に手を合わせる。おごそかで儀式めいたものではないにせよ、仏さまに手を合わせる行いは、やはり今もわたしたちの日常の流れの中にある。お線香をあげ故人や先祖を想い、また神社に行けば願をかけ手を合わせる。そんな日々の祈りの習慣は、誰に教わるでもなく、わたしたちの暮らしに根づいている。 >>read more

石櫃に平穏をみる

[ コラム ]

石櫃に平穏をみる

京都の日本庭園で奈良時代の石櫃(いしびつ)をみる機会があった。
石櫃とは火葬された遺骨を収めた骨壷をさらに収める容器で、墓石の原基のようなものといえば想像できるだろうか。その印象は、決して遺産めいた厳しいものではなく、姿形がこんもりとしていて、とても愛らしい印象だった。
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