さまざまな想いに心を寄せ続ける ー 株式会社まなか 社員<後編>

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さまざまな想いに心を寄せ続ける ー 株式会社まなか 社員 <後編>
前編に引き続き、株式会社まなかの社員3人に「偲ぶこと」についてインタビューを行いました。



印象に残っているお客様の声。大切にしたいと感じたお客様の思い。

印象に残っているお客様の声。大切にしたいと感じたお客様の思い。

(中野)
わたしはこれまで数多くの葬儀に立ち会ってきました。
葬儀には大抵、小さなお子様も参列されています。やはり、お子さんですので葬儀中に大きな声を出されたりすることも結構多いのですが、実は出棺の際、最初に泣き出すのはお子さんです。さっきまでワイワイと騒いでいたのに、いざ出棺、最後のお別れとなると、一番に泣き出されて。そういう姿を見るたびに、「偲ぶこと」って、頭で考えて理解することではなく、直感的に人が持っている感情なんだなと思います。
また、「できるだけ安く、一般的に…」というようなことを事前におっしゃる方も、出棺の場では涙を浮かべてお見送りされることがほとんどです。故人への思いを表に出しにくい方でも、必ず心の奥に偲ぶ思いを持っておられます。
そういう思いをしっかりと引き出し、心から別れを惜しんでいただけるようにすることが、私たちまなかの仕事です。
仏壇やお墓を持たない人はいても、葬儀をしないという方はいません。葬儀次第で、この先のお客様と故人との関係が大きく左右されるということを心に刻み込んで、仕事に取り組んでいます。

(江幡)
「そういえば、ヒマワリが好きだったなあ。お葬式にはヒマワリを飾ってあげたいな。」そうおっしゃったのは、最初は「とにかく安く」と話されていた方でした。
私たちの業界に対しては、不信感をお持ちの方もいらっしゃるのが現実です。インターネットを通じて事前相談を寄せられる方の多くが、お電話や対面でのご相談を嫌がられます。「見積もりだけ教えてくれればいい」、そんな方にもできる限り直接お話をし、費用のことではなく、まず故人への思いを掘り起こしていただきたいとお伝えしています。
そんな経緯もあって、まなかでは”セット販売価格”を全面的に廃止しました。適正価格の細かなメニューを取り揃え、何をするのかを明確にすることで、メニューを選びながら故人に思いを馳せてもらえるようにしています。
先ほどのエピソードの続きですが、葬儀に参列された方も、「そういえばあの人、ヒマワリが好きだったね」と思い出話に花を咲かせておられたそうです。葬儀後に教えていただいた、そのお言葉がとても印象に残っています。

(小清水)
私には、絶対に忘れてはいけない失敗があります。
それは、墓石事業部に配属されたばかりの頃にお墓を契約いただいたお客さまでした。契約後、何度かお電話でご連絡を頂きました。当時は気づかなかったのですが、思い返すと世間話のなかにお寺がしっくりこないというような、ご不満が含まれていたと思います。そして、何回目かのお電話でお寺の檀家をやめるということをおっしゃられました。それは、私にとっては大変なショックでした。
その時に気づいたことは、お墓を持つということは、石を選ぶことでも個人の営業を気に入ることでもないということです。それは、偲んでいく、個人との関係性を積み重ねていく環境を選ぶということです。
もし当時に「はじまりの杜」があれば、あるいはまなかがプロデュースした納骨堂があれば、こんなことにはならなかったのに、と今でも悔しく思います。そして、だからこそ自信をもって「故人との関係を積み重ねていただける場」としてご提案できる霊園や納骨堂をもっともっと展開していきたいと、強く思っています。
もう一つ、うれしい「印象に残っている言葉」もあります。それは、私たちがプロデュースした納骨堂を使われるお客様の言葉です。そのお客様は納骨の際、「これでお父さんのおうちができたね」と話しかけておられました。そんな風に言っていただける場所を作り上げられたこと、それ以上に、そのお客様がこれから先もずっと故人との関係を大切にされていくだろうなと感じられたことが、とても嬉しかったです。

印象に残っているお客様の声。大切にしたいと感じたお客様の思い。


”偲ぶ” ということについて

(中野)
私は父を若いころに亡くしています。その父との関係性を考えると、偲ぶということは、思い出したり、想像したり、心のよりどころにすることだと思います。親父はこれが好きだったなあ、これをやると言ったら反対したかなあ、あるいは何かにチャレンジするときに「おやじ、助けてくれよ」とか…、そんな風に故人に対して投げかけたり、思いを馳せることそのものが、偲ぶことだと思っています。

(小清水)
私は、お墓参りには珍しい鮮やかなお花をお供えされていた方に、気になって話しかけたことがあります。その日が亡くなった旦那さんとの結婚記念日なので、結婚式で使ったブーケと同じ花を持ってきたということでした。そういったことが偲ぶことを象徴しているなと思います。故人を思い出すこと、そして、故人と普段は一緒にいられなくとも、一緒に時間を重ねていくこと。

(江幡)
そうですね。偲ぶことって、忘れないこと、ずっと故人が心の中にいることなのかもしれないですね。お葬式でお坊さんが話す法話にも「人は2回死ぬ」というお話があります。一度目は亡くなった時、二回目は残された方が故人を忘れてしまった時…。無になっちゃうということですね。亡くなるじゃなく、「無くなる」になるということです。

いま、お葬式はどんどん簡略化されていて、お墓を持たない人も増えているということは、故人を思い返す機会が減っているということ。だから、その機会をどう作っていくかが私たちの大切な仕事なんじゃないかなと思います。それが、企業理念にある「偲ぶことの受け皿をつくる」ということなのではないかと。

(小清水)
意外とみんなの中で、共通していますね、偲ぶことの本質って。

(中野)
偲ぶことには、自分自身が素直になれるというとてもいい面があると思います。生きている人間同士だと建前があってなかなか素直になれない。私も、父が生きていたら何かするたびに相談したりはしないと思います。故人だからこそ心を開いて、素直に話しかけられるのではないかと。

(小清水)
そういえば、私の妻が高校時代からの親友をなくした時、弔辞で(地元の)方言丸出しで「なんで死んだんだ馬鹿野郎」と言っていました。あの時きっと妻は高校時代の自分に戻っていたんだと思います。偲ぶことには、同じ時間を歩む一方で一緒に生きていた時代の気持ちを思い出させてくれるというような面もあるんじゃないでしょうか。

(江端)
「素直」にもつながりますね。
僕は近親者の葬儀に幸運にもまだほとんど立ち会ったことがありません。ただ、このお仕事をさせていただいているので、偲ぶことについてはよく考えます。
仮に近しい人が亡くなった場合、その後の僕の人生をよりよく明るく生きていくために偲ぶということが必要なのかなと。偲ぶ受け皿がそこにあって、その受け皿に「行ってくるね」と声をかけて、そうすることで自分自身が前向きになっていけるんじゃないかなと。そういう風に、元気をもらったり、後押しをもらったりしながら、一緒に生きていけるということ。それが偲ぶことのような気がします。もちろん、まだ想像だけですけど。

(中野)
そうかもしれないですね。偲ぶことは悲しむことじゃなく、前を向いて生きていくこと。

(小清水)
そうですね、私たちは、そういう仕事に携わっているんですね。



● 関連リンク

- はじまりの杜
- お葬式駆け込み寺

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