聖者の行進〜ニューオーリンズ、ジャズ葬が奏でる祈り〜
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[ コラム ]
アメリカ合衆国の南部、メキシコ湾に面し、ミシシッピ川の河口に位置するルイジアナ州ニューオーリンズ。港湾都市、観光都市、そしてジャズが生まれた地として知られるこの街では、一風変わった葬儀が行われています。
クラリネット、トランペット、コルネット、ドラム、トロンボーンにバイオリン…。ニューオーリンズの葬儀では、葬列に交じってブラスバンドの姿が見られます。棺を墓地へと運ぶ間、ブラスバンドは静かな曲を奏でます。しかし、墓地からの帰りにはブラスバンドの演奏は一変し、陽気でアップテンポなジャズナンバーをかき鳴らします。そのリズムに合わせ、葬列の人々が思い思いにステップを踏みはじめ、次第に道行く街の人々も加わり踊りの渦は大きくなっていきます。それが、ニューオーリンズで行われている偲びの形、『ジャズ葬』です。 世界中のほとんどの地域で行われる故人の死を惜しみつつしめやかに送り出すという葬儀とは全く異なる、ニューオーリンズの『ジャズ葬』。その背景には、複雑で悲しい理由が隠されています。
ニューオーリンズには、遠くアフリカの地から連れてこられた人々が奴隷としての労働を強いられ、搾取され、差別されてきたという過去があります。また、この地は古くから湿地帯であり、その風土は、黄熱病や天然痘といった伝染病を幾度も流行させました。
そんな環境で暮らす人々にとって、生きることは苦難や悲しみの連続だったのだと思われます。そして、死は、辛く苦しい人生から解放されるための大きな救いと考えられるようになりました。明るくにぎやかな『ジャズ葬』には、死によって辛い生から解放された故人への祝福と、次こそは楽しく幸せな人生を送って欲しいという、強い願いが息づいているのでしょう。
ブラスバンドの奏でるにぎやかな音色、思い思いのステップを踏む葬列の人々、そしてその輪に加わり踊りはじめる街の人々。私たちの常識とはかけ離れた葬儀の形態ですが、彼らの胸中にあるものは、決して私たちとかけ離れたものではない気がします。それは、そのまんなかに、私たちとなんら変わることのない、「人を思う心」が確かにあるからなのでしょう。