もともと会話も少なく、
ぶつかり合っていた二人が
ちょうどいい距離感で
心地よくつながれたもの、
それがゴルフでした。

入船 信久さん
東京都在住・会社員

父の意外な一面を知るきっかけ

 お仏壇に入れる形見として僕が選んだのは、父の部屋で見つけたゴルフのスコアカードです。父が僕にくれた時計でもなく、父が大切にしていた何かでもなく。『家継具 引と斥』に出会ったとき何の迷いもなく「スコアカードを入れよう」と思いました。
 このスコアカードには、父と私が一緒にプレイした時の記録が残されています。はじめて一緒にコースに出た頃のものから、私の方が圧倒的にうまくなった後のものまで、結構な枚数があります。
 父の部屋でこれを見つけた時は驚きました。あまりものを大切にとっておくような人でもなかったのに、僕と一緒にプレイした時のスコアカードを残していて。もしかすると昔は父の方が成績が良かったので、プレイ後に勝った自分のスコアを眺めていたのかなとも思ったのですが、僕の方がうまくなった後のものもたくさん残っていたので、そういうわけでもないのかなと(笑)。


父の部屋で見つけたスコアカード。
あまりモノを大切に取っておく人ではなかった。

なぜ父は
スコアカードを残していたのかと
時々考えます。

 実は、僕がゴルフを始めたきっかけは父でした。父は若いころからゴルフをしていたので、「教えて欲しい」と練習場に誘いました。普段の父はとても厳しい人でしたが、ゴルフを教えてくれるときの父は普段からは想像できないくらい大らかでした。
 記憶のなかの父は、大抵は気難しい表情を浮かべています。実際、頑固で無口で、いわゆる昔ながらの武骨な人でした。でも、一緒にゴルフをしているときだけは違いました。
 ゴルフ場まで片道1時間以上、二人だけで車のなかで過ごした時間。僕のミスショットにはしゃいでいた父。父よりもうまくなった僕に張り合ってくる表情。帰り道、車を停めて二人でソフトクリームを食べた時の横顔……。そのどれもが、ゴルフがなければ知りえなかった、とてもいきいきと楽しそうな父の一面です。もともと会話も少なく、よくぶつかり合っていた二人が、ちょうどいい距離感で心地よくつながれたものがゴルフでした。

今日はゴルフに行きたいなと思うような天気のいい日に、父がどんな気持ちでこのカードを残しておいたのかに思いを馳せる・・・
そんな風に僕は父を偲んでいくことにしました。

 なんで父はスコアカードを残しておいたのかなと、今も時々考えます。息子とゴルフをするのが楽しかったのでしょうか。今となっては真意は分かりません。また、その答えが僕にとって満足できるものかどうかも分かりません。でもそれでいいのだと思います。残してくれていたことが、僕にとって大切なこと。
 ここには、お互いのスコアが書いてあります。二人の記録・記憶が入っています。見れば、「この時はこんなミスショットをしたな」「この頃はまだ僕の方が下手だったな」と思い出すことができます。父の誕生日に、ゴルフから帰ってきた日の夜に、今日はゴルフに行きたいなと思うような天気のいい日に、スコアカードを『家継具 引と斥』から引き出して父がどんな気持ちでこのカードを残し、眺めていたのかに思いを馳せる……
 僕はそんな風に父を偲んでいくことにしました。 「引と斥と私」一覧へ戻る